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麻生夏子誕辰2013

なつこ23歳おめでとう!!

「今思っている正直な気持ちをこんな時だからこそ」と書いてくれて、無反応じゃいられないのがサガってもの。

誤解を懼れずに言う。
他人事に思えなかった。
NEVの感想を書いたときもそうだったけど、あの曲は自分のストーリーにも驚くほど噛み合っていた。
で、今日の記事の文章も、「ライブ」とかを自分に関係する事柄に置き換えたら、「一年間」じゃないことを除けば、最近思ったことそのままなんだ。
もちろん立場も分野も違う。違うのに、当てはまる。
別段、その理由を考えようとは思わない。とくに、性格が似ているかどうかーみたいなことは第三者が初めて判断できることだから自分じゃ何とも言えない。
もっとも、事実として共感するエピソードはこれまでいくつもあったから、どこかで勝手に想定していた部分はあったかもしれない。
実際、今日の記事読んで、「なつこ、こんなこと考えてたんだ…!」みたいな驚きは小さかった。ただただ共感するばかりだったんだ。

考えれば考えるほど訳が分からなくなっていく。
そりゃ放置すりゃラクだし、場合によっては「放置する方が結果的によいパフォーマンスをもたらす」ことに気付いたり、あるいはそれが「経験則」にまで発展したり。
弱さと向き合ったときに、あたしゃすぐ「どうすればいいんだー!」って方法論ばっかり追いかけようとして、結局何も分かんなくて、変に開き直ったりしちまうよ。
でも、これって自分の弱さを容れているようで容れていないんだよね。
結果だけ見てると分からないけど、放置するかしないかだけがパフォーマンスを左右するわけじゃない。当然、周囲の人々を含めた環境にも左右されるし、きっとそっちの方が影響力は大きいはず。
そうすると、やっぱり放置しない方が実はいいんじゃないか、ってことに気付く。
そもそも根本的解決策なんて存在しないから、「どうすればいいのか」っていう問の立て方そのものが誤りなんだ。
ひたすら改善だけを追い求めることは、敵視ではあっても、弱さと向き合ったことにはなっていないんだろうな。
自分の全部を受け容れて、逃げずに、前進…いや、漸進あるのみ。

…あれ。いつの間にか自分語りになってしまいました。
共感なんて所詮は独善かもしれない。「一緒にがんばってこう」なんて言ったら差し出がまし過ぎる。でも、とにかく、こういうことなんですよ。
きっとね、「挫折」とか「スランプ」とかじゃない。だって、突如として環境が変化したわけじゃなくて、考えていること、悩んでいることの比重が変化しただけなのだから。

こういう状況で、なつこに対して、当方個人として何ができるか、なっちゅりーに皆として何ができるか、と問を立てるのは、変な義務感を生じかねないから、慎重にした方がいい。
大事なことは、全てを容れて、全てと向き合うという基本に改めて立ち返ることだ。
皆でこういうことができる好機がやって来たんだ。
「わたしは分かってましたよ」みたいなツラをするつもりは毛頭ない。どこまでも素直に、前を向いて、ね。

そして話は、なつこの目標、「とにかくアクティブに!」に戻ってくるのである。
悩む前にできることをしよう。

Parka

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